アニメ漫画の都市伝説


カテゴリ:鉄腕アトム

たけし軍団の漫才コンビ『浅草キッド』の『水道橋博士』の名前は『鉄腕アトム』の登場人物・お茶の水博士のパロディだとか。

メガネを掛けた風貌が「博士」風であり、また、通っていた明治大学の最寄り駅が御茶ノ水駅である事にも因むが、「ひとつ手前でいいや」とたけしの判断から水道橋となったらしい(水道橋駅はJR中央線の隣駅にある)。

日本のロボット開発技術は世界と比較してもかなり進んでいると言われている。
画像処理能力や手の動きなど、ある分野で優れた研究者というのは世界中にいるが、総合力では日本はトップクラスだ。

でも、どうして日本がこれだけのロボット先進国になったのか?

それはロボットに対する認識の違いが、一番の要因といえる。

欧米では、ロボットはあくまでも人間のために働く機械、いわゆるサーバント(召使い)的なもの。
一方、日本ではたとえ自動的に動く機械であっても、親しみを持って人間のような名前を付けたりしている。
工場などでよく見られる光景だが、欧米ではそのような行為は考えられないことだそう。
特に、人間型ロボットに対しては抵抗が強く、神以外の者がヒトを創造することは、神を冒涜していると考える人もいるようだ。

海外のメディアからインタビューを受けると、必ず「日本は人間型ロボットや生物型ロボットをつくって平気なのか」とか、「もう1000年もすれば、人類がロボットに支配されているのではないか」という質問をされるらしい。
ロボットに対する敵意や恐怖感があるようだ。

まさに宗教や文化の違いだが、日本では『鉄腕アトム』などの影響もあってか、心優しく、力強い正義の味方というイメージが強いので、ロボットを受け入れ易い文化、研究し易い土壌を持っているということになるのではないだろうか。

鉄腕アトム(1960年代)の第34話「ミドロヶ沼の巻」は一部しか現存していない。

「ミドロヶ沼の巻」は「多忙な虫プロダクションの社員の為に、夏休みを取ろう」とした手塚治虫が、立ち上げ間もないスタジオ・ゼロにグロス請け(下請けの制作会社に1話分まるごと制作を任せること)したという作品。

スタジオ・ぜロは鈴木伸一、石ノ森章太郎、つのだじろう、角田喜代一(つのだじろうの兄。電通勤務)、藤子不二雄(藤子不二雄A、藤子・F・不二雄)と一人の社員により設立、のちに赤塚不二夫も参加したアニメーション、漫画の制作会社である。

しかし、鈴木伸一以外のメンバーは絵心があるとはいえアニメ制作はまったくの素人であり、おまけに本業の合間に作画に就いていた為か、シーンごとにそれぞれの絵のタッチが著しく際立ってしまった。
鈴木伸一は、この回の初号試写の際に手塚が渋い顔をしていた、と語る。

その結果、アトムのアップ場面など、虫プロダクションで幾つかのシーンのリテイクをする羽目になり、結局夏休みは返上となってしまう。
それ以後、虫プロダクションはゼロに発注する事は無かったそうだ。

又、この回は放送後に紛失し、長らく幻の回となっていた。
一説には、「そのあまりの出来の悪さのため、手塚治虫が処分した」とも言われていた。

しかし、後にアメリカ合衆国に残っていたフィルムが発見された。
そして、虫プロの倉庫から「ミドロ~」の原画と音声テープも発見され、このフィルムにオリジナルである日本語版の音声テープを組み合わせ、DVDボックスの特典映像として収録されたという。

1980年制作のアニメ第2作27話『ブラックジャックの大作戦』にはブラック・ジャックとリボンの騎士のキャラクターが出演している。

23世紀のタイムパトロール員・ロックはアトム、ウランと天才外科医のブラック・ジャック、助手のピノコを連れ、15世紀のモラビア国へ。
ロックが誤って重傷を負わせた王子をブラック・ジャックが治療するが、国王の座を狙う魔法大王・ゴアが妨害。アトムとロックは時間犯罪者だったゴアを捕らえ、女だった王子は女王に…

といった内容。

なかなかの豪華回となっていたようだ。

東京都出身の俳優、声優(ナレーター)である下條アトムは芸名ではなく本名。

父が第二次世界大戦後間もなく生まれた息子を、将来は日本でもアメリカのように名前・苗字の順に呼ぶようになり、ローマ字の順に名簿も作られるだろうと考え、ならばアルファベットのAで始まる名前なら最初に呼ばれるという理由で、さらに「今後の原子力は戦争ではなく発電など平和のために使われるはずである」という願いを込めて、原子を意味する英語atomから名付けたそうだ。

『鉄腕アトム』は下條アトムの命名より後に描かれたものなので、同名となったのは偶然の一致である。
『鉄腕アトム』の連載当時、アトムという名の少年が実在することが話題となり、当時少年だった下條は手塚治虫と対面した。

また、ウランという名前の女の子(しかも苗字が「賀来(かく)」であり、字を変えれば「核・ウラン」となる)が偶然にも下條の小学生時代の同級生にいたため、当時のテレビ番組に2人で出演したこともある。

ともに現在の日本においても珍しい名前であり、これは非常にまれな出来事である。

このページのトップヘ