『天元突破グレンラガン』終了から6年、同スタッフによる制作の『キルラキル』。

“服を着る/服に着られる/服を切る/服を切られる”

この4つの意味を複合したタイトルを持つ本作は、ハイテンションな展開と昭和の雰囲気を感じさせる作品となっている。

実はこの『キルラキル』は、グレンラガン最終回の時点ですでに作品の構想があったようだ。

グレンラガンの最終話は『天の光は全て星』というサブタイトル。

このサブタイトルの元ネタは、フレドリック・ブラウンのSF小説『天の光はすべて星』である。

これは、脚本の中島かずきたっての願いで実現したものだという。

この小説はグレンラガン人気により復刊されることになり、その復刊された文庫『天の光はすべて星』に中島は解説を載せていた。

その解説の中でグレンラガンがお手本としたもう一つの小説として、バリントン・J・ベイリーの『カエアンの聖衣』という作品が挙げられている。

実は、この小説の内容が“着る人間の人格を支配する服”が出てくる“服飾”SF小説なのである。

そう、まるで『キルラキル』の世界観そのものである。

この『カエアンの聖衣』の、宇宙狭しと様々な奇想が縦横無尽に展開してゆく、というところをグレンラガンの“ドリルや螺旋”に取り入れ、さらに後の『キルラキル』につながったとも言えるのではないだろうか。


また、この『キルラキル』では、制服がしゃべるのだが、この設定に何か思い当たることはないだろうか。

1970年代にヒットしたTVアニメ『ど根性ガエル』である。

Tシャツに張り付いたカエルと主人公の関係が、キルラキルでは生命繊維である鮮血と主人公の流子に当てはまるように思える。

これがこの作品の昭和テイストの元となっているのかもしれない。


つまり『キルラキル』は『カエアンの聖衣』+『ど根性ガエル』を骨格にしている作品といえるだろう。